空席御礼

思いつきの置き場所。

名作紹介シリーズ:言の葉の庭

 「言の葉の庭」という映画・小説を紹介したい。

 「新海誠」作品である。

 この一文で分かる方は、ここでご退場いただいて構わない。以下の駄文は、彼の作品そのものが持つ魅力や説得力に遠く及ばない。「言の葉の庭」については、1)見た・読んだ人は今度会ったら語りましょう、2)見てない・読んでない人は是非見て・読んでくださいという分岐で終了だ。

 しんか、、にいうみ?と読めなかった方。過度に自由な日本の苗字は、ときにもどかしい。この小文をまだ彼を知らない貴方のために書く。これまで彼の作品群に出会わなかった人が、この一節を読んで出会う。こうした交差点になれれば、僕は本望だ。

 

 作品の紹介の前に、まず本作の作者について。

  新海誠(しんかいまこと)は、恋愛ものを得意とする映画監督・小説家だ。

 まず、彼は「距離」の作家である。

 彼のデビュー作「ほしのこえ」では、数光年離れた宇宙空間との超長距離メール恋愛が描かれる。出世作「秒速5センチメートル」は、東京栃木間という大人には中距離、子どもには長距離の舞台で、雪中の鉄道旅をするところから始まる。その後は、種子島に転校して更なる長距離となり、最後は山崎マサヨシ”One more time, One more chance”が球界の守護神よろしく舞台をキレイに締める。

  このように、新海誠は、非人知的なものにより動かされ、阻まれ、変容していく(又は変容しない)恋愛関係を描く職人である。

 

 そして本作では「天気」が舞台装置となる。

 より具体的に言えば、「雨」である。

  

 緑が露に濡れて煌めく、雨の新宿御苑。

 靴職人を目指す男子高校生と仕事をサボった20代後半の社会人女性が出会う。年の差12,13歳。

 早速になかなか特殊である。これまでそこそこ生きてきたが、靴職人を目指している人物には会ったことがない。足フェチの上位互換だろうか。それなら会ったことがある気がするけど。

 彼らにはあるポリシーがあって、「雨が降ったとき」しか会えない。ということで、梅雨明けして初夏ともなると、めっきり会えなくなる。面倒な人たちだ。

 しかし、このポリシー、霧のような小雨は該当するのか。降雨後、好天に転じたら?雹やあられが降ったら?諸賢からの突っ込みは尽きないと思うが、本作中にこうした限界事例は登場しない。

 この作品の本筋は、夢の実現にまい進する男子高校生と、社会に少し疲れたお姉さんの化学反応である。御苑の東屋で雨宿りしながら、彼らの距離は徐々に近づいていく。靴を脱いだり、去り際に万葉集の一節を呟いたりして思春期の男子を蠱惑するお姉さんはなかなかに罪作りだ。

  そして何より本作最大の魅力は、息を飲む映像美である。濡れてより色味を増す樹々の緑、葉脈に沿って集まる雨滴、池に反射する庭園の風景。ここまで現実に似せて描けて、動かせるという技術はすごい。実写と見間違う、むしろ、あまりに美しすぎるからこそ、これは実写ではなく絵なのだと気付く、といった方が正確かもしれない。

 ともかくも、この映像美は、日本の映像技術の極致として見ておくといいと思う。

 

 ここまで、新海誠監督のことはあえて「アニメ映画監督」とは呼ばなかった。一つには、「アニメ」といった瞬間に「**タソ萌え〜デォフフwwwコポォ」みたいな人向けだと思われるのが嫌というのもあるし、もう一つには、この呼称が、彼の表現領域の一部しか捉えていない不完全な表現だからだ。

 彼は、映画の後、同名の小説を書いた。微妙な修正、多少の補足はありつつ、ほぼ同内容の作品である。完成度の高い映画を作りながら、なぜ改めて小説を書いたのか。この点、彼は非常に自覚的に、映像と文章という2つの表現形式を突き詰め、映画には映画でしかできないこと、小説には小説でしかできないことをやろうと試みているのだ。

 小説での、「映像では表現できない表現」へのこだわり。例えば「水面に水彩絵の具を落としたみたいに、カラフルないたずら心が広がってくる」なんて表現は、映像では表せない。映画において精緻で鮮烈な色彩美で視神経を刺激する一方、小説では、比喩や語彙を総動員し、読者の想像力を喚起させる。僕は映像が作れない。文章を書くことしかできない。だからこそ、彼の小説家としての試みに今後も注目している。映像を作れる彼だからこそ、小説には、文章にしかできない差分が表われていると思うから。

 

 チラ裏文学論はさておき、爽やかな恋愛映画、さらっと気持ちのいい映画作品が見たい人は、是非どうぞ。映画は46分ほどと短く、視聴負担が軽いので、会社が早く終わったときでも見られます。映画を見たら、小説も読んでみると二度楽しめます。そんな感じ。

 

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